2010.03 «  1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  » 2010.05

料理に関する意識調査 by au

  • 2010/04/18(日) 08:10:10

「au one レシピ」、ケータイを活用した「料理に関する意識調査」 2010年4月 16日

〜女性の9割以上は「作る料理がパターン化」、「買った食材を余らせている」と回答。
料理に役立つケータイ機能は、「防水機能」、「画面メモ機能」、「タイマー機能」〜
■ 調査概要
・調査方法: mediba のASPを利用したオープンモバイルリサーチ
・調査対象: au携帯契約者 (「au one レシピ」の利用者は除く)
・調査地域: 全国
・調査期間: 3月18日(木)〜3月25日(木)
・有効回答数: 4,839サンプル
  男性(10代以下:176ss、20代:453ss、30 代:717ss、40代:639ss、50代以上:174ss)
  女性(10代以下:228ss、20代:736ss、30 代:1,010ss、40代:592ss、50代以上:114ss)
■ 調査内容
・料理の頻度について
・料理に関する各種経験の有無について
 【01】作りたいメニューは決まっているけど、材料や作り方が分からないというような経験
 【02】買った食材を使い切れず、余った食材が傷んでしまった経験
・料理をする際、便利だと思うケータイの機能について

3. 料理をする際、便利だと思うケータイの機能
男性でトップになったのは「防水機能」で67.7%、続いて「画面メモ機能」で 61.5%、「タイマー機能」52.8%という結果となりました。
一方女性では、1位「画面メモ機能」71.6%、2位「防水機能」68.8%、 3位「タイマー機能」46.2%という結果となりました。

進化論の成否

  • 2010/04/09(金) 06:56:29

△エルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル(1834年2 月16日 - 1919年8 月8日)
 ドイツ生物学。チャールズ・ダーウィンの説を広めるのに貢献した。しかし一方でヘッケルは適者生存を支持せず、ラマルキズムの用不用説を信じていた。

 ○『反復説』『生物発生の法則』
 発生と系統は関連を持つという説は『反復説』と呼ばれ、簡単に言えば個体発生は系統発生と同様の過程を辿るというものである。彼はこれを基礎に動物の系統を論じ、それをガスツレア説としてまとめた。この説は修正を受けながらも、長くこの分野の定説の位置を保った。しかし、自説を証明しようとしたヘッケルの努力は時に不正確で、間違った結果に終わった。『生物発生の法則』では人種の発生も個体の発生と平行すると唱えた。
※用不用説(ようふようせつ)は、ラマルクによって提唱された進化論で、進化の推進力を説明しようとするものである。よく用いる器官は発達し、そうでない器官は萎縮退化することで進化が起こったとする。

△ハーバート・スペンサー(1820年4 月27日 - 1903年12 月8日)
 イギリス哲学者。社会学者。非英国国教会の家庭に生まれる。「適者生存」の命名者。
 1852年『発達仮説』。1855年『心理学原理』。
 ○社会進化論
 これらの著作はかれの進化 (evolution) という着想に貫かれている。社会進化論という概念はこれらの著作から発している。彼の著作『第一原理』は現実世界の全ての領野に通底する進化論的原理の詳しい説明である。ポピュラーな用語「進化」と共に「適者生存」という言葉はダーウィンではなく、スペンサーの造語である。
 ○社会学
 スペンサーは社会学の創始者の一人としても有名である。スペンサーの社会学では、有機体のメタファーを用いて社会を「システム」として把握し、これを、維持、分配、規制の各システムに分かち、社会システムの「構造と機能」を分析上の中心概念とする。そのため、社会有機体説と呼ばれる。この点で、現代社会学における構造機能主義の先駆とされる。

チャールズ・ダーウィン

  • 2010/04/08(木) 07:25:26

チャールズ・ロバート・ダーウィン(1809年2 月12日 - 1882年4 月19日)
英国の自然科学者。自然淘汰、自然選択説。適者生存説。
全ての生物種が共通の祖先から長い時間をかけて、彼が自然選択と呼んだプロセスを通して進化したことを明らかにした。進化の事実は存命中に科学界と一般大衆に受け入れられた一方で、自然選択の理論が進化の主要な原動力と見なされるようになったのは 1930年代であり、自然選択説は現在でも進化生物学の基盤の一つである。また彼の科学的な発見は修正を施されながら生物多様性に一貫した理論的説明を与え、現代生物学の基盤をなしている。
彼の思想は神の見えざる手ににている。ダーウィンは手元の保存にせっせと精を出せば子の数がふえ、種は保存もしくは淘汰されていくと考えた。

関連
今西錦司『ダーウィン論 土着思想からのレジスタンス』
ロバート・アンジェ『ダーウィン文化論』『電子的ミーム』『ミーム・ジャーナル』
アンドリュー・ブラウン『ダーウィン・ウォーズ』
キム・ステルレニー『ドーキンス vs. グールド』
ダニエル・デネット『ダーウィンの危険な思想』
マット・リドレー『徳の起源』
ジャン=バティスト・ラマルク『動物哲学』
 神が事物の秩序を創造したであろうことがはっきり認められていた。
スティーヴン・ジェイ・グールド『ダーウィン以来』『パンダの親指』『フラミンゴの微笑』『ニワトリの歯』『ワンダフル・ライフ』『個体発生と系統発生』

ダーウィン前後
 ダーウィン以前の生物学者にアプローチするには、やはり進化と退行とを同時に語れた生物学者としてラマルクをフィーチャーしたいという気持ちは変わらない。
 ダーウィン以降のダーウィン主義者たちは、ラマルクの『動物哲学』の主旨を「キリンの首はなぜ長くなったか」といういわゆる「用不用説」に圧縮して、その後はラマルクの先駆性に口を閉ざすことになっていく。

病院の歴史

  • 2010/04/07(水) 06:21:31

語源
元々「Hospital」という言葉は「傷病者や病人の収容施設」という意味合いの言葉でhotelと語源を同じくする。日本では明治以降、この「Hospital」という言葉に対する訳語として「病院」という言葉が当てられたというのが一般的である。一方、外国における「Hospital」は、老人ホーム、養老院、孤児院の意味でも使用される。

歴史
キリスト教の修道女・修道士が神に仕えるために病人を集めて日常生活上の世話をしたのが始まりとされ、看護活動の原点でもある。
近代までは病院とは殆ど治療の場というより、感染症患者や精神病患者を隔離する、或いは貧しい患者に食事とベッドを提供すると言う役割の方が大きかった。そのため貧困層向けの病棟は常に定員オーバーであり、一つのベッドを数人が共有すると言う、現在では考えられないことも行われていた。
これに対し裕福な層は自宅で療養し、医師の往診を受け、メイドによる介護を受けていた。これと同等に近い環境を目指し、治癒を目的とした病院を提唱したのがフローレンス・ナイチンゲールである。彼女の提唱したナイチンゲール病棟は、二十数人程度の患者を一つの看護単位とし、限られた看護師しかいない状況でも出来るだけ手厚い看護と治療を受けられるようにしたものである。
20世紀に入ると、病院もモダニズム建築の影響を受ける。20世紀前半には、学校や拘置所・刑務所と言った施設と同じような設計思想で作られていた。すなわち採光を良くする為に細長いフロアで中廊下型が多く、病室と並ぶ形でナースステーションが存在した。
20世紀も後半に入ると、アメリカ合衆国を中心に、病院に特化した設計思想が生まれてくる。ナースステーションから各病室への距離を縮めるためにフロアの中心に置き、さらにフロアの形状も円形や三角形、多角形などとして動線が工夫された。全室を個室や2人部屋以下とするのも、一つには動線の短縮のためである。

日本
日本で最初の病院と言われているのは、1557年に医師でもあったポルトガルの宣教師ルイス・デ・アルメイダによって大分県に開設されたものであると言わ れ、外科、内科、ハンセン病科を備えていた。これが西洋医学が初めて導入された場所とも言われている。
日本でモダニズム建築の設計思想が取り入れられ始めたのは1990年代からであるが、現在では大学病院などの改築の際には殆どこの設計思想が取り入れられている。
日本では医療法上、一定規模以上の医療機関を病院といい、小規模のものは診療所として病院との呼称を使えないことになっている。ただし、医療を施す場所との意味合いから、病院・診療所を問わず医院と称することもある。
近年、日本では医療の普及の影響もあり、病院で一生の最期を終える人が増えてきている。また、人間が生まれる(出産)場も殆どの場合病院・産院である。

診療報酬の改訂による諸問題
2006年に行われた診療報酬改定により、従来の看護配置基準以外に、7:1看護配置基準の枠が設けられた。その上で7:1看護配置基準を満たせない病院においては、診療報酬が大幅に引き下げられた。そのため、目標とする看護師数を確保できず、病床数を減らし診療報酬基準を満たそうとする病院や、経営状態が悪化し倒産に追い込まれる病院が増えている。その一方で、大阪府内の病院に於いて、所得隠しを行って経費を過大計上した上に、捻出した金で医師や看護師を他病院から引き抜いていた事例が発覚しており、病院経営を巡るモラルやコンプライアンス意識が問題視されている。

中国
受診には一般、緊急患者を問わず前金を支払う必要があり、支払わない場合受診ができない。また、医者への賄賂も横行している。料金の支払いには、城鎮基本医療保険加入者であれば医療保険カードが使用できる。

日本には財団法人日本医療機能評価機構によるものがあって病院を評価しているらしい。
認定病院数2574/全病院数8766

チーズ

  • 2010/04/06(火) 07:05:54

チーズとは、牛・水牛・羊・山羊・ヤクなどからとれる乳を原料とし、凝固や発酵などの加工をしてつくられる食品(乳製品)の一種。日本語での漢字表記は乾酪。

乳にレンネット(凝乳酵素)または酸(食酢、レモン汁など)を加え、静置するとふわふわの白い塊と上澄みの水分(乳清、ホエー)に分離する。この白い塊はカード(凝乳)と呼ばれ、これを絞るなどしてさらに水分を除いたものがフレッシュチーズと呼ばれるチーズの原型である。多くの場合はこれに熟成・加工の過程を加えてさまざまな味わいのチーズを作り出す。加工の過程では乳酸菌やカビなどを用いて発酵させたり、加温・加圧などの工程を加えて保存性を高めるなどの工夫が凝らされている。

家畜の乳は古くから栄養価の高い食品として世界中のさまざまな民族に利用されてきたが、そのままでは保存性に欠ける上、液体のため運搬にも不便である。これらの欠点を補うために水分を抜いて保存性と運搬性を高めたのがチーズの始まりで、セレンディピティは「アラブの商人が羊の胃袋を干して作った皮の水筒に山羊のミルクを入れて砂漠を旅していた途中に、砂漠の疲れとのどの渇きを癒そうと水筒をあけたところ、中からミルクではなく澄んだ水(乳清)と柔らかい白い塊(カード)がでてきた」というのが最初のチーズの発見であるという説が有力。紀元前4000年ころ。日本には、かつて蘇 「そ」と呼ばれるチーズと同様の食品が存在した(大阪近辺)。

ホメロスの『オデッセイア』にはフェタチーズへの言及があり、古代インドの讃歌集『リグ・ヴェーダ』にはチーズを勧める歌が、ほかにプリニウスの『博物誌』やアリストテレスの著作にもチーズについての記述がある。 日本では飛鳥時代頃から乳牛の伝来と飼育が始まり、酪(らく)、酥(そ)、醍醐(だいご)と言った乳製品が作られるが、この「醍醐」がチーズのことを指すと言われ、「醍醐味」という言葉の起源にもなっている。また、推古天皇の時代には、地方ごとに作られたこの醍醐の品評会が行われたという話も残っている。

イタリア料理(パルミジャーノ・レッジャーノチーズやモッツァレラチーズ)やテクス・メクス料理(チェダーチーズ、モンテレージャックチーズ)など、チーズが欠かせない料理もある。

インドでは、ベジタリアンの割合が多く、一般的にインドのヴェジタリアンは動物の殺生の回避を目的としているため鶏卵も食べない。そのため多くの人が乳製品からタンパク質を補給し、フレッシュチーズのパニールを使った料理が豊富である。インド料理の菜食のメニューの半数程はパニールかダヒ(ヨーグルト)を使っている。

中国にも、チベットのヤクのチーズや、料理に用いられるルーシャンや大良牛乳などの特殊なチーズがある。

人類と乳製品の歴史は古い。たんぱく質源が人の身体の必須要素として成立っている以上、必然である。しかしチーズが偶然生まれたからこそ乳製品やたんぱく質が人の身体に必要なものとしてと必然的に存在しているのだろう。人間の身体は固定されていない、もしたんぱく質を取らない生活をずっと続けていけばそれはそんな身体になっていくだけの事なのだ。
しかしそうなりたいだろうか?この身体と分離できない状態をデジタル社会でも感じる事が大切なのではないだろうか。
(参照:Wikiなど)