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ローラン級数

  • 2009/05/30(土) 08:21:24

ローラン級数とは負冪の項も含む形での冪級数としての関数の表示のことである。テイラー級数展開できない複素関数を表示する場合に利用される。1843年にピエール・アルフォンス・ローラン、1841年にカール・ワイエルシュトラス。
一方で、テイラー展開とは、無限回微分可能な関数 f(x) から、テイラー級数と呼ばれる、負冪の項を持たない冪級数を得ることを言う。名称は数学者ブルック・テイラーに由来する。また展開する級数の想定する点近傍が0の時をマクローリン展開という。

現代アート

  • 2009/05/26(火) 08:32:01

「世の中をくだらないもので埋め尽くすために何かを作り出すことは耐えられないし、許されることではない。永遠に愛することが出来るもので世の中を満たすこと。」トレシー・エミン

創造力とは結果ではなく過程を大事に考え展開していくこと、何かの答えを探すのではなく、過程で発見した真理を問い掛け続ける。

インド洋給油問題

  • 2009/05/24(日) 07:40:56

アメリカ同時多発テロ事件と報復のアフガニスタン攻撃を受けて、2001年から行われている海上自衛隊の補給艦と護衛艦の派遣をいう。派遣の根拠となる法律はアメリカ同時多発テロ事件により成立した2年間の時限立法であるテロ対策特別措置法が元になっている。
である。しかし、イラク戦争などで中東情勢が変化した為、政府は数度にわたって特措法を延長し、2007年11月1日に期限を迎え、同月2日には撤退が始まった。2007年以降は失効した旧法に代わり成立した新テロ特措法(テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法)に基づき派遣が再開されている。
当時、民主党は給油活動を認めるテロ対策特別措置法に反対の立場をとったが、このとき小沢氏や前原氏の考えは、「給油だけでは不十分」というものだった。小沢氏の立場は「ISAF(国際治安支援部隊)への参加などを通じた国連中心外交によって、もっと『普通の国』としての役割を果たすべき」、前原氏は「日米同盟に基づいて、アメリカにもっと協力すべき」というもので、根本は異なるが、「給油だけでは不十分」という点では立場が一致していた。いずれも積極的に軍事的国際協力体制を積極的に進めていこうという姿勢の表れである。
ちなみに給油燃料の調達は秘密裏に進められ税金225億円が大手商社の利益を押し上げているらしい。

生物多様性

  • 2009/05/24(日) 00:29:48

地球上にさまざまな生物や生態系が存在するさまを示す言葉。生物多様性条約では、生物多様性を「すべての生物の間の変異性をいうものとし、種内の多様性、種間の多様性及び生態系の多様性を含む」と定義している。国連の呼びかけで2001年から05年にかけて95カ国で実施された「ミレニアム生態系評価」では、世界の陸地面積の4分の1を耕地が占めること、漁獲対象種の4分の1が資源崩壊の危機にあることなど、生態系が人為的に改変されていることが数値として示された。食料や木材、気候の安定化といった、自然が人類に供給している機能の3分の2が、世界中で低下しているという。

※生物多様性条約は、環境保護団体の要請を受け、1992年ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット、UNCED)で調印式が行われ1993年12月29日に発効した。 2006年2月現在、日本を含む188か国およびECが加盟している。
(1)生物多様性の保全
(2)生物資源の持続可能な利用
(3)遺伝資源による利益の公平な分配
の3つを大きな目的の柱とする。

私腹を肥やす

  • 2009/05/20(水) 07:41:55

公の地位や立場を利用して、自分の財産を殖やす。漢字の「公」は、ものごとを個別に細かく分け、回りから見えなくした様をあらわす「私」の旁の部分「厶」に、入口を開けて包み隠さず明らかにすることをあらわす「八」を組み合わせた会意文字である。また、一部に偏らないという意味を含む。このことから「公平」という熟語を生ずる。個々人の「私」に対する全体としての「公」は、のちに転じて国家を指すようになった。国家の官職に就いている士を公士といったり、国家に属する民を公民といったりするようになった。さらに、封建制のもとでは国家の支配者である君(君主)が国家を体現する存在であることから、君のことを公という用法が生じた。「王」の称号をもつ君は天子のみであったから、春秋時代までは周以外の国の君は公とのみ称した。天子である王(のちには皇帝)も君であるから公であり、天子の家である朝廷を公上と尊称したり公家と呼んだりすることができる。