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なみなみ波

  • 2007/09/24(月) 17:55:32

ABB’A’な展開。
AとA’は見方の変え方かな。
Bの体験をする事でA’の目を獲得する事が出来る。方法の戯曲。
テーマは都会と大人手前の子供、聳え立つビルの間に見えるものは、快楽か現実か、憧れか。
スムーズに読めるが前半の「認知」の部分展開がスピード感が無く浮き足立つ足を寄り道へと誘う。
闘争から回帰までの流れの中は面白い。展開が分からなかったところ。波を自己の繰り返す回帰と繋げた幼児退行をにおわせるものであろうか。
オイディプスの様な雰囲気も匂わせるところがニクイ。

柳瀬尚紀

  • 2007/09/17(月) 20:39:02

アルキメデスの無理数に関する錯覚、二つの時計に関する論理のパラドックスから論理への興味を引き、数学(代数?)の問題を身近な(といってもBritish文化での身近な)問題に置き換えて複数提示し、読者自らが注意して取り組む事で本書の魅力を高めている。ナイス。
その中でも一番興味を引かれたのは、コートサーキュラーというカードゲームだ。今までこんなゲームは聞いたことが無い。トランプといえば、七並べやババ抜きや大富豪等しか思いつかない所に変わった洋風ゲーム。株やポーカー的な配牌運的要素も強いが中々面白そうなゲームをキャロルは女性に贈ったものだ。そうするとやっぱり女性へ送るゲーム?ヴァレンタインって配役があるってのはそこをくすぐったものだよね。

不実な美女か 貞淑な醜女か

  • 2007/09/02(日) 20:40:27

うん。面白いですね。
と一言で片付けてしまうのは勿体ないので。書き残し。
タイトルからすると本の中味は男女の話かと思い勝ちだが、実は違って、ロシア語通訳者の米原万理さんの実体験+人の体験を積み重ねて、日本の文化ってモノの側面を見る内容。
通訳者がいかに時間の女神から見放されているかという話から、多言語間の文脈の違いによって、通訳者は非常に困難かつ面白い体験をしているのだという話。
小国家から大国家まで区別無く持つ母国言語がその国の財産でありアイデンティティであり続ける事の重要性が先の大戦から得られた教訓であるって言われると日本語を学ぶ事って大切だろうと勇気付けられるのである。特に外国語を学んでいる身柄上、自国の言葉以上に外国語を身につける事なんて言われてしまうと、頭をハンマーで殴られたような感動を覚える。
思うに、米原さんは日本と諸外国を繋ぐコミュニケーションの役割に非常に感動し、その仕事に精魂をつぎ込まれている。本書の内容は面白可笑しく描かれてはいるものの、日本における教育問題や、鎖国時代から抜け出せていない至近距離的コミュニケーション、日本の存在についての問題について諭しが入っている。

格差社会 = 競争のない社会?

  • 2007/09/01(土) 10:53:58

資本主義市場経済社会国家におけるパフォーマンスはマーケットメカニズムにある。
現在の日本がこのメカニズムにより成立している現実を考えると、この方法をうまく
活用する所に前進の方法があるのじゃないか。格差社会を否定する道具として。

USAにおける医療格差などを考えるとこの方法は逆説的にも見えるかもしれないが、
「お客さん」を至上とする社会というのが良いと考えられる。
マーケットメカニズムには必ず「お客さん」を念頭に置かなければならないからだ。

官製の事業に見るような「民間ではできない」「必要だから」というような頭ごなし
に考える仮想社会は現実には表れない。公における堕落が蔓延している現代では
至極最もな事である。そんな人たちに勝手に考えられた「事」を進めるのに成功はない。

では、お金の無い人たちはどうするのかというのが問題にはなるが、そこにこそ公の
役割が存在する。自由競争の競争からこぼれた人たちを救うセーフティネットをこそ
作らなければならない。官は民に口出しはしない事、そして民の自由競争に漏れた所
を手を出していくべきなのだ。人が多く住んでいる場所・市場へいちいち口を出す
必要はない。